テレビ局ビジネスを動物園と比較してみる

2009/05/05 09:47

テレビイメージ先に【開局以来初の最終赤字となったテレビ朝日の連結決算をグラフ化してみる】【テレビ朝日(9409)】をはじめとするテレビ放送事業が、固定費用が極めて大きい「箱物ビジネス」であることについて触れた。要は「商品(この場合は広告枠)が売れても売れなくても、必要となる経費は高額であまり変わらない」というもの。「何か分かりやすい例えはないのか。似たようなものがあれば、今後の展開の参考になるかも」と考えていたが、「動物園と構造的に似通ってない?」という推論にいきついた。

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動物園とテレビ放送
動物園とテレビ放送の類似性と違い
動物園とテレビ放送の類似性と違い。見せることでお金を得られること、客の多少にかかわらず計上される固定費が大きいことなどが似ている

「動物園」では園内にたくさんの動物を飼育し、そこに来場するお客さんから徴収する入園料がメインの収入源となる。関連グッズの販売でも収益を上げることはできるが、あくまでもそれは副収入。そしてお客がたくさん来てくれるに超したことは無いが、お客が来なくても動物たちの維持費はかかる。「お客がいつもの半分しかこなかったから、エサ代も半分にします」というわけにはいかない。

「テレビ放送」も同じようなもので、CATVなどの有料チャンネルの場合はまさにイコール。たくさんの番組を用意し、その番組を観ようと登録をしてくれる視聴者から徴収する登録料がメインの収入源になる。そして視聴登録者が増えることに超したことは無いが、視聴者がいなくても番組の放送には費用がかかる。「視聴登録者が半分になったから、番組数も半分にします」というわけにはいかない。それは事業の再縮小、そして消滅を意味するからだ。

スポンサーからの広告収入をメインとする「民放のテレビ放送」も同じようなもの。たくさんの番組を用意し、その番組を観る視聴者への広告効果を期待したスポンサーからの広告代(広告枠の販売費)がメインの収入源になる。そして視聴者(率)が増えで広告の価値が高まり、広告枠がたくさん・高額で売れることに超したことはないが、視聴率が低迷しても番組の放送・維持には費用がかかる。「視聴率が半分になったから、番組数・番組構成費用も半分にします」というわけにはいかない。それは主力商品の「広告枠」の価値を決定するテレビ放送の劣化をもたらし、視聴者離れ、そしてスポンサー離れを意味するからだ。

「動物園」と「民放のテレビ放送」との違いといえば、収入が直接お客(来園者)から徴収するのか、お客(視聴者)の動向を確認したスポンサーから徴収するのかという点くらい。

動物園ではどのようにして来園者を増やした!?
それでは「動物園」ではどのようにして来園者を増やし、経営を安定化させているのだろうか。例えば【バーチャル動物園「デジタルアニマルパーク」でリアル動物園の入園数が3倍に大増加】にあるように、インターネットをフルに活用して来園のきっかけを作ったり、【山口・徳山動物園でカラスのサッカーショー開催】のように他の動物園には無い「オンリーワン」な展示を展開することで、魅力を盛り上げている。【旭山動物園で海洋堂の動物フィギュア限定発売開始】のように、他では購入できないお宝アイテムを販売することで、足を向けさせようという試みもある。

他にも場所によって色々な、その動物園ならではの工夫が見られるが、概して成功しているところは「足を運びたくなるような魅力」「他には無いオンリーワンな展示」「お客との一体感を味わえるもの」を用意し、「多くの”気づき”を広め、一人でも多くの人に来園を考えさせる」試みをしているのが分かる。

テレビ放送は、どうかな?
ひるがえって、民放のテレビ放送はどうだろうか。【最近のテレビ番組高視聴率トップテンを表組化してみる】【テレビ視聴時間の推移をグラフ化してみる】などにもあるように、番組そのものの質の劣化は否めない。WBCに代表されるような「イベントなどの興味深い内容の放送」はともかく、自らが制作する(あるいは下請けに丸投げする)放送は、右も左も似たようなものばかり。「観たくなるような魅力」「他の番組にはないオンリーワンな内容」「視聴者との一体感を味わえるもの」とは大きくかけ離れている。

もう一つの問題、「効果はどうかな?」
さらに民放のテレビ放送の場合、視聴者から直接料金を徴収するのではなく、視聴者の注目度を見たうえでスポンサーが「広告放送費」として提供する広告料金がメインの売上となる。この構造だと、直接徴収と比べてハードルが一つ追加されることになる。すなわち、「たくさんの人が視聴しただけではダメで、それなりの視聴者に対するアピール度が無ければ広告媒体としての価値が薄れてしまう」というもの。

インターネットなどの
新メディアの登場・普及で
民放テレビの独占的な支配権は
失われてしまった

放送上の広告枠の価値も
相対的に劣化する
かつてテレビは映像メディアとしてはほぼ唯一の、不特定多数に告知しうる広告媒体だった。いわば「独占媒体」として広告効果も極めて高く、対外アピール度も絶大なものがあり、何度もテレビCMが流れた商品は大ヒット間違いなしだった。しかし今ではテレビは映像メディアという枠組みの中でも、インターネットに代表されるメディアの一つに過ぎない。もちろんインターネット(パソコン・携帯電話)と比べればハードルは低いが、かつての「独占的な支配権」は失われている。

民放のテレビ放送において、視聴時間そのものが他のメディアに奪われ、効力も減らしつつある現状では、例えこれまでと同程度の努力をして放送の質・量を維持しても、同じ効果=広告枠の売上を得られるとは考え難い。作り手側(放送局側)が想定した「価値」と、世間一般における「価値」との間には、差異が生じつつあるのだから。

独占イメージ例えがやや乱暴なところがあるが、昼飯代を節約したいサラリーマン向けに周囲では唯一「100円おにぎりの店」を展開していた地域に、「100円ハンバーガーの店」が開店したようなもの。これまではただ一店舗の「安い中食を提供する店」として絶大な・独占的な評価を得ていた「100円おにぎりの店」だったが、「100円ハンバーガーの店」の登場で地域のサラリーマンに選択権が与えられ、独占権は失われてしまう。当然個々のお客にとって、相対的に「100円おにぎりの店」の存在価値は押し下げられることになる。たとえ「100円おにぎりの店」がこれまで同様の努力と品質管理をしていたとしても、だ。



動物園に限らず遊園地、芸能人のディナーショーなども、ビジネスモデル的には似通ったものがある。お客の増減に関わらず固定費用の割合は大きいし、お客が減ったからといってむやみに固定費用を削るわけにはいかない。

これらにおいてお客が減ったからといって、仮に動物園で個々の動物のエサ代を半分にする……わけにはいかないから展示動物数を減らしたり、遊園地のアトラクションをいくつか閉鎖して費用を削ったのでは、売上の増加は見込めない。それどころか費用削減分以上に集客が落ち込むのは目に見えている。一般的に商品の価値が下がれば、その下落率以上に来場者数は減るからだ。

テレビ視聴イメージ先に決算短信を発表したテレビ朝日をはじめ、各民放テレビ局では「売上の増加が見込めないからコストを徹底的に削減する」ことを前面に押し出している。このコストが本当にムダなものならカットする価値はあるし、商品たるテレビ放送の魅力減少も最小限に留められ、相対的に利益は増加するはず。

しかしただでさえ「同じ質の放送を提供しても、相対的に商品価値が下がりつつある状況」において、そのような都合の良いことが可能だろうか。また、「効率的な・意義のある経費削減」が本当に可能な体質なら、これまで出来なかったのはなぜだろうか。そのあたりを考えると、「民放テレビ」の経費削減が想定されるような効果を生み出すとは考え難い、むしろ商品たるテレビ放送のさらなる劣化をもたらすだけな気がしてならないのだが、どうだろうか。

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