新聞は「書いてある情報は正しい」。けれど中立性は……!?

2009/03/21 10:10

中立性イメージ財団法人新聞通信調査会は2009年3月6日、「メディアに関する全国世論調査」の結果を発表した。それによると、調査母体において新聞の社会的役割についての評価項目では、「書いてある情報は正しい」が過半数の人の同意を得られたものの、「社会を導いていく力がある」など多数の項目で半数以上の同意は得られなかったことが明らかになった。「どちらともいえない」という意見が多数を占めているのが主要因で、多くの人が判断に迷っている様子が分かる。また「中立的な立場から書かれている」という項目では同意する人は3割程度しかおらず、逆に否定する人が2割を超えていることも分かった(【発表リリース、PDF】)。

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今調査は2008年12月に住民基本台帳からの層化二段無作為抽出法によって選ばれた18歳以上の男女個人3000人に対して専門調査員による訪問留置法で行われたもので、有効回答数は1906人。男女比は47.7対52.3で、男女比は30代以上が10歳ごとにほぼ均等割当、18-19歳と20代はやや少なめとなっている。(18-19歳が44人、20代220人など)。

新聞は自らを「クオリティーペーパー」「報道機関」と自負している以上、その社会的役割を自認し、推し進めていく必要がある。その新聞の読み手側が、果たしてどこまでその社会的役割を認識して、評価しているのか、元資料では10の項目に分類して質問している。そのうち、年齢階層別の回答が公開されている3つの項目について、全体値をグラフ化したのが次の図。

新聞の社会的役割についての評価(一部)
新聞の社会的役割についての評価(一部)

似たような設問が同一調査内の別項目で行われているが(【「新聞って信頼できるよね」「正確だよね」はそれぞれ6割、ただし若者と高齢者の間には大きなギャップも】)、前記事の「新聞の情報は正確である」と今記事の「新聞に書いてある情報は正しい」はたどり着く先が同じではあるものの、ニュアンスが微妙に異なり(言葉の表現の解釈次第では「正確」=「正しい」とは言い切れない)、肯定派の回答率もやや異なっているのが分かる。

また、この3項目だけを見ても、判断に迷う人が多く、肯定派とほぼ同じ数に達していることが分かる。「中立的な立場-」にいたっては肯定派より「判断に迷う派」が多いくらいだ。それぞれの項目で新聞が断固たる立場でその内容を遂行していれば、ここまで読者が迷うこともないはずなのだが。それだけ現状が「判断がつきかねる状態」だということなのだろうか。

さて、この3項目について、性別・年齢階層に抽出したのが次以降のグラフ。まずは全体としては肯定派が多い「新聞に書いてある情報は正しい」「新聞には社会を導いていく力がある」の2項目について。


「新聞に書いてある情報は正しい」「新聞には社会を導いていく力がある」(性別・年齢階層別)
「新聞に書いてある情報は正しい」「新聞には社会を導いていく力がある」(性別・年齢階層別)

いずれの項目も男女差はほとんどない。また、年齢階層別では20代がもっとも肯定派が少なく、歳を経るにつれて増えていく傾向が見える。ただし「社会を導いていく力がある」では50代以降漸減している様子も把握できる。一方で否定派は「新聞に書いてある情報は正しい」では歳を経るごとに減少しているが、「社会を導いていく力がある」では20-30代がもっとも数が大きなものとなっている。一様に「年齢と共に減少(増加)する」というわけではないのが興味深い。

いずれにしても(悩める「中立派」が多いという問題はあるものの)「情報の正しさ」「社会を導くだけの力」においては、現状では肯定的に受け止められている、と見て良いだろう。問題なのは次の「中立性」。

「新聞は中立的な立場から書かれている」(性別・年齢階層別)
「新聞は中立的な立場から書かれている」(性別・年齢階層別)

男女別では「そう思う」「そう思わない」の差が2.7ポイントしかない。女性の2倍以上の差異と比べて非常に印象的だ。そして年齢階層別に見ると、30-40代では差がやはり数ポイントしかなく、20代ではむしろ「そう思わない」人の方が多いという逆転現象が起きてしまっている。

単純にこれを「年齢が経るほど新聞への傾注度が高いから」と見るべきなのか。それとも、「そう思わない」層の数がインターネットへの傾注度・信用度の傾向とほぼ一致することから「(ネットをはじめとした新聞以外の情報を見比べて)新聞の中立性には疑問を呈する」と判断したからなのか。後者について断定はできないものの、随分ありえる推論といえる。あるいは若年層の方が、情報に対する柔軟性に富んでいるからなのかもしれない。



情報媒体で100%中立という存在はありえない。すべての情報をくまなく、そして一切の論評抜きで語らねばならず、それは検索エンジンですら不可能だからだ。人の手が介在する時点で必ず何らかの意図が働き、中立性は崩れることになる。実際には「ある程度の妥協、片寄り」のもと、中立「っぽい」という認識で「中立性」を語らねばならないし、それは読者側も十分認識しているはず。

そのような前提があってなお、多くの人(特に若年層)が「中立性」について疑問を呈しているということは、前提そのものをひっくり返すほどの「偏向」が生じている可能性は否定できない(あるいはこれまでにすでに「偏向」状態だったことに、情報の伝達媒体が増えて比較できるようになったことで、気がつく人が増え始めた可能性もある)。少なくとも若年層はそのように感じているのだろう。

これを是とするか非とするかは読者、そして新聞発行側の判断次第だが、読者がそれに「否」のカードを突きつけるとすれば、それは新聞そのものの購読数の変化の一因として現れるに違いない。

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