大きく伸びる誌もあれば、大きな落ち込みを見せる誌も…少年・男性向けコミック誌部数動向(2022年4-6月)
2022/09/12 02:00

専用の電子書籍・雑誌リーダーだけでなくパソコンやスマートフォン、タブレット型端末を用いたインターネット経由で漫画や文章を読む機会が多数設けられるようになったことで、人々の読書欲はむしろ上昇の一途にあるとの解釈もある。一方で紙媒体の本は相対的な立ち位置の揺らぎを覚え、多分野でビジネスモデルの再定義・再構築を迫られる事態に陥っている。主に子供向けとして提供されているコミック誌業界においては、さらに子供の娯楽や価値観の変化も加わり、ビジネス的に厳しい立場に追い込まれ、よりリスクが低く新天地のように見えるウェブベースでの展開に移行する雑誌が相次いでいる。社団法人日本雑誌協会では2022年8月22日に、四半期毎に更新・公開している印刷部数に関して、公開データベース上の値に最新値の2022年4-6月分の値を反映させた。そこで今回は各雑誌が一般向けに、あるいは営業の中で提示する値よりもはるかに実態に近い、この公開された「印刷証明付き部数」を基に、「少年・男性向けコミック誌」の動向に関して複数の切り口からグラフ化を行い、現状を精査していくことにする。
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一誌ずば抜けた強さに変わり無し…直近四半期の動向
データの取得場所の解説、「印刷証明付き部数」など各種文中の用語の解説、諸般注意事項、同一カテゴリの過去の記事は一連の記事の解説ページ【定期更新記事:雑誌印刷証明付き部数動向(日本雑誌協会)】で説明・収録済み。詳細はそちらで確認のこと。
まずは少年向けコミック誌。「週刊少年ジャンプ」が群を抜いている状況は前期から変わらず。今記事におけるもう一つの対象ジャンル「男性コミック誌」と合わせても、唯一のダブルミリオンセラー(200万部以上の実績)誌として君臨中…だったのだが、開示されている記録の限りでは2017年1-3月期にはじめてその大台を割り込み、今期でも挽回はならず、200万部割れが継続する形。次いでやや年上の少年向けコミック誌「週刊少年マガジン」、さらには小学生までの低年齢層向け(主に男子向け)コミック誌「月刊コロコロコミック」。
数年前までは「月刊コロコロコミック」「週刊少年マガジン」も合わせ3誌が100万部超えだったものの、「妖怪ウォッチ」によるけん引効果が切れ、「月刊コロコロコミック」が脱落。そして2016年7-9月期で「週刊少年マガジン」も100万部を割り込んでしまっている。今期では印刷証明付き部数の公開が無くなった雑誌が無いのは幸いか。むしろ逆に、2014年4-6月期を最後に印刷証明付き部数を非公開化していた「最強ジャンプ」が再び値を公開している。

↑ 印刷証明付き部数(少年向けコミック誌、万部)(2022年1-3月期と2022年4-6月期)

他方、唯一のミリオンクラブ会員でトップを行く「週刊少年ジャンプ」だが、直近データで確認すると印刷証明付き部数は現在129万417部。雑誌では返本や在庫本(売れ残り)なども存在するので(返本率などは部数動向では非公開)、それを勘案すると最終消費者の手にわたっている冊数は、これよりも少なくなる。雑誌の種類やジャンルによって返本率は大きな変動があるが、暫定値として4割と試算すると(上場している取次会社の決算資料の限りでは、雑誌の返本率はおおよそ4割)、実セールスは77万部ぐらいだろうか。あるいは「週刊少年ジャンプ」だからこそもう少し返本率は低いかもしれないが、雑誌別の返本率は非開示であるため、その実情は分からない。

↑ 印刷証明付き部数(週刊少年ジャンプ、部)
同誌はピーク時となる1995年では635万部の値を出していた記録を目にするに、その2割強にまで落ちてしまった現状は、時代の流れを感じさせる。「週刊少年マガジン」の100万部割れとともに、雑誌全体の歴史において一つの時代を刻んだ流れと考えれば、冷静に受け止めることもできるのだが。
コンビニなどでもよく見かけるメジャーな週刊コミック誌で、【週刊少年サンデーがダイナミックなリストラクチャリングをするという話】でも伝えた通り、大規模かつ大胆な組織構造改革宣言を行った「週刊少年サンデー」の部数は、今期では18万1667部。容易に取得可能な最古のデータとなる2008年4-6月期における86万6667部からは約21%にまで部数を減らしている。

↑ 印刷証明付き部数(週刊少年サンデー、部)
グラフの形状からも分かる通り、何度か大胆な改革により部数持ち直しの気配も見られたが、全体的な流れに逆らうまでには至っていない。今回の改革に関しても、現時点ではその成果は数字には現れていない。2015年8月に改革を始めたこともあり、それから6年以上が経過しているのだが。他方、後ほど言及するが、コミック誌は多分に電子化が進んでおり、電子雑誌版に流れた読者が原因で、「印刷」部数が上向きになっていないだけの可能性も否定できない。どちらが真相かは当事者のみぞ知ることではある。
続いて男性向けコミック誌。こちらも今期では印刷証明付き部数が非公開化された雑誌は無し。

↑ 印刷証明付き部数(男性向けコミック誌、万部)(2022年1-3月期と2022年4-6月期)
男性向けコミック誌は少年向けと比べると印刷証明付き部数の規模が小さく、また飛びぬけた値を示すコミック誌が無いため、上位陣では僅差で順位を競り合う雑誌が複数見られる。ちょっとしたヒット作の登場があれば、印刷証明付き部数の順位が塗り替えられるような状況。
トップを行くのは「ビッグコミックオリジナル」の32.3万部、ついで「週刊ヤングジャンプ」の30.9万部、そして「ヤングマガジン」の21.0万部、「ビッグコミック」の19.3万部。「ヤングマガジン」と「ビッグコミック」との部数差はわずかで、今後両者の順位が入れ替わる可能性は十分にある。
少年向け・男性向け双方でプラスは5誌…前四半期比較で動向精査
続いて公開データを基に各誌の前・今期間の販売数変移を独自に算出し、状況の精査を行う。コミック誌は季節でセールスへの影響を受けやすいため、四半期の差異による精査は、コミック誌そのものの勢いとはズレが生じる可能性がある。一方でシンプルに直近の変化を見るのには、この単純四半期推移を見るのが一番。
なおデータが雑誌社側の事情や休刊などで非開示になったコミック誌、今回はじめてデータが公開されたコミック誌は、このグラフには登場しない。また久々に再登場となった「最強ジャンプ」も前期の値は非公開のため、このグラフには登場しない(前年同期比も同じ)。
まずは少年向けコミック誌。

↑ 印刷証明付き部数変化率(少年向けコミック誌、前期比)(2022年4-6月期)
今期で前期比によるプラスを示したのは3誌「ウルトラジャンプ」「少年サンデーS(スーパー)」「週刊少年サンデー」。そのうち2誌は誤差領域(上下幅5%以内)超のプラス幅。マイナスは7誌で、うち5誌が誤差領域超のマイナス幅。特に「月刊コロコロコミック」のマイナス27.7%が大きな値となっている。
少年向けコミック誌の前期比で最大のマイナス幅を示した「月刊コロコロコミック」だが、これは前期において2022年3月号でアーケードゲーム「ポケモンメザスタ」用のスペシャルタグ「アルセウス」が付録についたことで大いに人気を博し部数が底上げされており、その反動が生じたのが原因だろう。

↑ 印刷証明付き部数(月刊コロコロコミック、部)
「アルセウス」の付録も部数底上げの効果は一時的なもので、長期的な部数の減少の歯止めにはならなかったということか。
一方で最大のプラス幅を示した「ウルトラジャンプ」だが、これはひとえに「岸辺露伴は動かない」の新作読み切り掲載によるものと見てよいだろう。2号に分けて前後編での掲載となったが、その区切り方の演出も合わせ、購読者からは多数の好評価が寄せられている。

↑ 印刷証明付き部数(ウルトラジャンプ、部)
部数動向のグラフからも、「岸辺露伴は動かない」のけん引力の大きさが改めて確認できる。
続いて男性向けコミック誌。

↑ 印刷証明付き部数変化率(男性向けコミック誌、前期比)(2022年4-6月期)
プラスを示した雑誌は2誌だが、誤差領域超は無し。10誌がマイナスで、誤差領域を超えたマイナス幅を示したのは7誌で、1割以上のプラス幅も「月刊!スピリッツ」の1誌が確認できる。
男性向けコミック誌の前期比では最大のマイナス幅を示した「月刊!スピリッツ」だが、前期比だけでなく印刷証明付き部数そのものも危機的な状況にある。

↑ 印刷証明付き部数(月刊!スピリッツ、部)
直近期の印刷証明付き部数は3000部。大手雑誌なら1期の変動部数分ですらない。その中で、さらに中長期的に部数は減少傾向にある。早急に部数底上げの手立てが必要な状況に違いない。
プラスは1誌のみ…前年同期比で検証
続いて季節変動を考慮しなくて済む、前年同期比を算出してグラフ化する。今回は2022年4-6月分に関する検証であることから、その1年前にあたる2021年4-6月分の部数との比較となる。年ベースと少々間が空いた期間の比較となるが、コミック誌の印刷実績で季節変動を除外し、より厳密に知ることができる。数十年もの歴史を誇るコミック誌もある中で、わずか1年で数十パーセントものプラス幅を示すコミック誌も見受けられるが、それだけ雑誌業界は大きく動いていることを再確認させられる…とはかつて用いていた表現だが、最近では「見受けられる」ではなく「少なくない」、それどころか「多々見受けられる」と差し換えた方がよい状況となっている。1割2割は当たり前、とは少々言い過ぎかもしれないが。
まずは少年向けコミック誌。

↑ 印刷証明付き部数変化率(少年向けコミック誌、前年同期比)(2022年4-6月期)
前年同期比でプラスを示した少年向けコミック誌は1誌「ウルトラジャンプ」で、誤差領域を超えるプラス幅を示している。他方、マイナスを示したのは11誌で、全誌のマイナス幅が誤差領域を超えている。10%以上のマイナス幅は7誌。「別冊少年マガジン」が大きなマイナス幅を示している理由は、長期連載作品「進撃の巨人」が完結した2021年5月号(4月9日発売)が重版するほどのセールスを示した(【「別冊少年マガジン」5月号、重版が緊急決定!!(週刊少年マガジン)】)ことの反動的な動きに他ならない。

↑ 印刷証明付き部数(別冊少年マガジン、部)
マルチメディア展開が行われ社会現象化した「進撃の巨人」の最終回掲載号ということもあり、月刊誌が重版するほどの需要が生じた4期前。しかし連載が終了した次の期は部数が平常の値に戻り、それ以降はさらに部数の減少傾向が継続している。部数を底支えする新たな人気作品の登場が待たれるところではある。
水曜発売の週刊誌として相並び紹介されることが多い、そして昨今では100万部割れで注目を集めた「週刊少年マガジン」と、その宿命的ライバルな存在の「週刊少年サンデー」の部数動向は次の通り。

↑ 印刷証明付き部数(週刊少年サンデー・週刊少年マガジン、部)
「週刊少年マガジン」の方が2倍以上も部数は多いが、部数の減少の仕方もやや急で、その差は少しずつだが縮まりつつある。このような形での競争ではなく、双方とも上昇の中での競り合いを見せてほしいものだが。
もっとも両誌とも電子版を展開中で、その利用者数は少なくないと考えられる(実数は非公開なので実情は不明)。紙媒体の部数のみをカウントした今値の動向は両誌の勢いではなく、単純に紙媒体版のセールス動向を記しているに過ぎないことを注意しておく必要がある。
続いて男性向けコミック誌。

↑ 印刷証明付き部数変化率(男性向けコミック誌、前年同期比)(2022年4-6月期)
男性向けコミック誌でプラスを示したのは皆無で、すべてがマイナス。しかもすべて誤差領域を超えたどころか、1割以上のマイナス幅。「ビッグコミックスピリッツ」「月刊!スピリッツ」「モーニング2」「ビッグコミックスペリオール」のような名だたる男性向けコミック誌たちが1割どころか2割を超えるプラス幅を示している。有名どころ、コンビニなどでも多々目にとまるコミック誌が軒並み名を連ねているのを見るに、もの悲しさを覚えるものがある。同時に「そういえば最近になって立ち寄り先のコンビニで見かけなくなったな」と思い返したコミック誌も複数あるだけに、複雑な心境にも追いやられる。
ただし男性向けコミック誌も多くが電子化されており、電子版に読者がシフトした結果である可能性は否定できない。例えば「アフタヌーン」はページ数も多く厚い雑誌であることから、電子版にシフトしている読者が少なからずいるものと推定できる。2022年9月号(2022年7月25日発売)の場合、729ページもの分厚い雑誌となっており、これを持ち歩く、さらには通勤・通学の際に読むのは少々難があるのは否めない。電子版ならば端末自身の持ち運びができれば、1000ページの雑誌でも容易に読むことができる。
現在は電子書籍、ウェブ漫画が浸透する中で、小規模書店の閉店、コンビニでのコミック誌のシュリンク化・棚からの撤去が続き、紙媒体を手に取る機会が減少している。漫画を提供し、市場を支えていくための仕組みも選択肢が増え、領域が広がり、これまでとは異なる発想が求められている。これまでは馬車でしか行き来できなかった場所への輸送ビジネスが、バスや電車、飛行機などが登場し、馬車業界において顧客が奪われているような展開とも表現できる。

出版社の中には市場の需要に併せて積極的に電子化を進め、コンテンツの提供ができれば、そしてビジネスとなるのなら、紙媒体であろうが電子版であろうが気にならないとの姿勢を示すところもある。結果として当然ながら、紙媒体の印刷数は減ってしまうが、それは雑誌全体の売れ行きが低迷したのではなく、あくまでも紙刷りの雑誌の部数が減ったまでに過ぎない。
そしてこの電子書籍・雑誌に関する発行…というよりは実売数に関しては、各社とも開示に否定的なのが現状であり、印刷証明付き部数のように定点観測的な比較対象など不可能であることを記しておく。提供される電子書籍・雑誌スタンドが多数におよんでおり、個々のスタンドでの統計を総合するのは業界単位では難しく、さりとて売上として実数を掌握している雑誌の提供元である出版社では秘匿性の高い情報として第三者への公開開示を拒んでいるのが実情ではある。現時点ではよほどセールスが大きなもので無い限り、メリットは何も無い。ゲームソフトで「ダウンロードも合わせて100万本出荷達成」といったリリースが流れることがあるが、そのような突出した好成績を挙げた時ぐらいだろう。最近では単行本化は電子書籍版のみで行われるとのパターンも見られるようになった(むしろ電子書籍版がファーストステップで、需要に確証が持てた時点で初めて紙媒体版の発売が決定するというケースも少なくない)。今後雑誌も同じような歩みを示すものが出てこないとは言い切れない。
利便性、利点を思い返せば、紙媒体による雑誌そのものが無くなることはありえない。しかし今後さらに紙媒体としてのビジネスの上では過酷な状況が待ち受けている。これから紙媒体の市場が広がり、売上がアップするような未来は想像しがたい。その厳しい実情の中で理性を失わず、コンテンツを提供する自らの立場を誇りとし、環境の変化に合った施策を取るか否か。その点にこそ、各雑誌社、雑誌編集部局の実力と本質が現れるのでは無いだろうか。
また、今件印刷証明付き部数の存在意義もここ数年で「コンテンツそのものの集客力、訴求力」から「紙媒体としての雑誌の集客力、訴求力」へと、随分と限定されたものとなっているのは否めない。色々と問題はあるのだろうが、出版業界のすう勢を正しく掌握できるよう、今件の印刷部数と同じように、電子書籍・雑誌版の提供部数(も合わせた数字の総括的な)公開を、日本雑誌協会のような業界団体には強く願いたい。むしろ逆に、それができない現状こそが、出版業界全体が抱えている問題点なのだが。
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