政治や社会の不正追及、政府の監視、主張の異なる政党の主張を公平に…新聞が自認する責務はどれだけ果たされているか(2015年)

2015/10/29 13:00

テレビやラジオと比べ、報道機関・媒体としての歴史が古い新聞には、その設立・構築過程などから、さまざまな責務を背負っていると言われている、あるいは自負している。その内容は新聞読者を含む世間一般には、どのように認識されているのだろうか。しっかりとその責務を果たしていると思われているのか、それともその志を失っていると見られているのだろうか。財団法人新聞通信調査会が2015年10月26日に発表したメディアに関する全国世論調査から、その実態を確認していくことにする(【発表リリース:2015年メディアに関する世論調査結果】)。

スポンサードリンク


今調査は2015年8月21日から9月8日にかけて住民基本台帳からの層化二段無作為抽出法によって抽出された18歳以上の男女5000人に対し、専門調査員による訪問留置法によって行われたもので、有効回答数は3183人。

新聞には報道機関としての一翼を担い、多種多様な責務・存在意義があるとされている(それが正しいか否かはまた別の問題であり、今件では取り上げない)。政治や社会の不正追及、政治に対する客観的な視点、国民の声の政治への反映の後押し、公明正大な姿勢などなど。そこで今回は、今調査結果で公開されている3要素「政治や社会の不正追及」「政府の監視の役割」「主張の異なる政党の主張を公平に扱う」について、属性別でどのように思われているかを確認する。

設問では提示された内容に「そう思う」「どちらかといえばそう思う」「どちらとも言えない」「どちらかと言えばそうは思わない」「そうは思わない」の中から1つを選んでもらい(+「無回答」が生じる)、そのうち前者2つ(肯定派)と、後者2つ(否定派)の値をカウントしたもの。なお属性全体の回答傾向を確認すると、半数前後が「どちらとも言えない」の回答で占められているため、突出した値が出にくい形となっている。

まずは「政治や社会の不正追及」。

↑ 新聞は政治や社会の不正を追及している(2015年度、属性別)
↑ 新聞は政治や社会の不正を追及している(2015年度、属性別)

大よそ4割の人が肯定、否定派は1割強。男性の方が新聞の不正追及を信じている人が多い。世代別では二十歳未満が肯定派でいくぶん高い値を示しているが、成人に達すると大いに値は下がり、否定派が増える。30代までは不信感の強さが継続し、以後否定派が減り、肯定派が増える。元々新聞などが全盛だった時代を生きて来たからなのか、それとも他メディアへの興味関心が薄いからなのかまでは今件調査からのみでは分からないが、高齢層では新聞に対する政治・社会への不正追及を強く信じていることになる。

続いて「政府への監視の役割」。

↑ 新聞は政府を監視する役割を果たしている(2015年度、属性別)
↑ 新聞は政府を監視する役割を果たしている(2015年度、属性別)

政府への監視の役割は、最初の「政治や社会の不正追及」と比べ、肯定派が少なく、否定派が多い。それでも全体では肯定派の方が多いが、差は10%ポイント内に留まっている。

性別、世代別の傾向も同じようなものだが、差が元々開いていないこともあり、20代から30代までは否定派の方が高い結果が出ている。つまり若年層は新聞に対し「政府の監視役割があると自分で言ってるけど、新聞ってその役割果たして無いよね」と見定めていることになる。一方シニア層になると「新聞はしっかりと政府の監視役を果たしているぞ」との意見が多数を占めている。

最後は「主張の異なる政党の主張を公平に扱う」。リーマンショック以降大きくその実情が明らかにされ、揺らいできた概念ではある。

↑ 新聞は主張の異なる政党の主張を公平に扱う(2015年度、属性別)
↑ 新聞は主張の異なる政党の主張を公平に扱う(2015年度、属性別)

どの勢派に対する優遇的取扱い、冷遇する扱いをしているかは回答者の思惑次第となるが、公平でないとの意見の方が多い結果が出ている。男女別では男性が大きく「不公平」と認識している値が出ているのに対し、女性は「公平」「不公平」の認識にほとんど差異が無いのは興味深い。

世代別でも大よそ若年層ほど否定派、高齢層ほど肯定派の結果が出ている。40代と50代で境界線ができる結果となっている。高齢層にとって新聞は崇高で不可侵的な存在にあるようだ。



冒頭でも触れているが、これらの志、責務が正しいものか否かは別の問題となる。さらに新聞サイドが「正しい」と自認し、使命感を持って行っている内容そのものが、公明正大なものか、社会にとって益となるとは限らない。むしろ新聞(社、関係者)の持つ独自の理念を軸に据えた上でこれら大義名分を果たすため、結果として罪悪となる事例も皆無とは言えない。

今や新聞社は多数の人たちから、今件取り上げられたような「志、責務」の観点で追及されうる立場にもある。自らを見つめ直す謙虚さを忘れていては、手に持つ剣はさびていくばかりとなるに違いない。


■関連記事:
【世界各国の「新聞・雑誌」や「テレビ」への信頼度をグラフ化してみる(番外編)(2010-2014年)(最新)】
【世界各国の「新聞・雑誌」や「テレビ」への信頼度をグラフ化してみる(2010-2014年)(最新)】
【新聞一番テレビが二番…メディアへの信頼度、テレビと新聞の高さ継続(2015年)(最新)】
【信頼を失いつつある米新聞やテレビニュース】

スポンサードリンク




▲ページの先頭に戻る    « 前記事|次記事 »

(C)2005-2016 ガベージニュース/JGNN|お問い合わせ|サイトマップ|プライバシーポリシー