地震や台風8割強、火山噴火は5割強…「自分が被災するかも」と思う大災害とは

2015/02/13 11:30

マクロミルは2015年2月12日、防災に関する調査結果を発表した。それによると調査対象母集団においては、回答者自身が将来被災する可能性が高いと思う大きな災害に関して、地震を例に挙げた人は87%、台風は84%、大雨・洪水は78%に達したことが分かった。一方で、地震をはじめとする各種災害に関する備えとして、日用品や水、食料品などの備蓄をしている人は44%、家具や家電などの転倒・落下防止を行っている人は32%に留まっていた(【発表リリース:防災意識に関する定点調査-東日本大震災から4年。防災意識はどう変わったのか-】)。

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今現在の災害への意識は!?


今調査は2015年1月27日から28日にかけてインターネット経由で20代から40代の会社員・公務員男女に対して行われたもので、有効回答数は1035件。男女比・世代構成比などは非公開。

元々自然災害が多い日本ではあるが、先の東日本大地震・震災をきっかけに防災意識は大きな高まりを示すこととなった。それから4年が経過しようとする現在において、防災意識はどのような状況なのだろうか。自然災害として想定しやすい項目をいくつか提示し、防災への意識を尋ねた結果が次のグラフ。やはり地震に対する意識が一番強く、意識肯定派が75.2%、そのうち強い意識を持つ人は17.8%との結果が出た。

↑ 防災に対する意識(2015年)
↑ 防災に対する意識(2015年)

人は概して何かを体験した際には、その直後からその体験への対応を強化するものの、時間の経過と共に意識は薄らいでいく。慣習、日常生活の一環として取り込まない限り、いつの間にか忘れてしまうもの。昔からの言い伝えや昔話において、教訓や心構えを示したものが多いのも、それを避けるための先人たちによる知恵の賜物といえるかもしれない。

震災から4年が過ぎようとする現在において、地震への防災意識を持つ人は3/4強。これが対震災意識の薄れによるものか否かは判断が難しいところ。もっとも、先の震災以降も少なからぬ被害をもたらした大きな地震は各所で起きており、頻発度の観点では台風や大雨・洪水と比べても決して小さくないものであることを考えれば、やはり強い意識のもとにあると考えて良い。

台風、さらにはそれを起因として起きることが多い大雨・洪水は5割台。どこにいても遭遇する可能性のある地震と異なり、地域性があることからいくぶん値が低いが、毎年のように台風が上陸する日本ならではの意識度合いがうかがえる。

他方、火山噴火や雪・雪崩は2割強。前者は昨年の御嶽山の事例が多くの人に、日本が火山国であることを再認識させたが、回答者の生活領域に直接関係しうるものであるか否かの点で、回答率が落ちている。これは後者においても同じ。

回答率が少ない地域がありデータ上のぶれが生じ得るためグラフ化・詳しい解説は避けるが、地域別のデータもリリースには記載されている。やはり北に行くほど雪・雪崩に対する意識は強く、南にいくほど弱くなる。また東北や関東地方では特に地震への意識が強く、先の震災の影響が今なお強く残っていることがうかがえる結果が出ている。

備えの実態を探る


災害を意識しただけでは何の意味も無い。災害の事象そのものを防ぐことは個人ベースでは難しいため、いわゆる「減災」的な対応として各種の備えをして対応することになる。例えば個人の力で地震の発生を防ぐことは出来ないから、地震が発生した際に生じる色々な被害を出来るだけ小さくするよう、日頃から手立てを講じておく、準備を整えておくのが備え、減災の考え方である。

次に示すのは地震を中心とした災害への備えの具体例と、それを実行しているか否か、さらには直近1年間でその備えを強化したかを答えてもらった結果。

↑ 地震・災害に対する備えとして行っているもの、そのうちで直近1年間に強化したもの
↑ 地震・災害に対する備えとして行っているもの、そのうちで直近1年間に強化したもの

日用品などの備蓄は4割強。具体的には懐中電灯や消火器、非常食などをさすが、見方を変えれば過半数はこれらの備えをしていないことになる。保険加入は4割足らず。家具や家電などの転倒・落下防止は3割強に留まっている。それ以外の項目も、指摘されれば「そういえば」「まだやってなかったか」的なものが多いが、実施率は案外低い。

実施率そのもの高低は大いに考慮の対象となりうるが、直近1年間の強化率についてはケースバイケースとなる。例えば日用品・水・食料品の備蓄は定期的に入れ替えが必要となり、また日々技術進歩・商品開発によって一層多彩な、便利なものが登場しているので、差し換えなどで内容を強化できる。実際、他項目と比べ、日用品などの備蓄や非常用持ち出し袋の準備は直近1年間の強化率がいくぶん高いものとなっている。

他方、例えば家具や家電などの転倒・落下防止、ガラスの飛散防止、車のガソリンの残量確認と充足などは、一度手を加える、習慣化してしまえば、原則としてさらなる強化は必要ない。にもかかわらず実施率がさほど高くないのは、コスト的な問題や面倒くささから後回しにしてしまい、その先送りが現在まで続いている、あるいは「何とかなる」「大丈夫だろう」との楽観論に転じたことによるものだろう(これら半ば放置型の備えを一度講じた後で削除することはあまり考えられない)。



災害に限らず「備え」の類は、半ば以上無駄な行為に終わってしまう。ほぼ確実に影響のある試験前の勉強と比べれば、災害への備えは空振りばかりで、無意味さを覚え、それが備えそのものを「無駄なモノ」としての認識に走らせるのかもしれない。

しかしある意味、備えの類は無駄になることこそが、その存在価値の一義でもあると言える。無駄に終わったということは、対象となる事象、各種災害の被害が無かったことであり、それまでの間に「減災措置を講じていた」ことへの安心感の代償との考え方もできる。まさに「備えあれば憂いなし」である。


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