ピークは1997年…戦中からの新聞の発行部数動向(2014年)

2014/01/14 08:00

先に【新聞の発行部数動向(最新)】で社団法人 日本新聞協会発表による1997年以降の日本国内における新聞発行部数の動向を精査した。それより以前の値について、総務省統計局に収録されている【日本の長期統計系列】【日本統計年鑑】から、1942年以降の各値を取得することができた。そこで入手出来ている値と合わせ、1942年から2013年まで連なる形でのグラフを構成し、中長期的な動向を精査することにした。

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まずは新聞発行部数。朝刊と夕刊を共に取っている家庭においてはそれを合わせて「1部」として換算している件は、通常の記事と変わらない。また総務省統計局発のデータと日本新聞協会を比較したところ、前者はスポーツ紙込みでカウントしていることが確認できたので、スポーツ紙と一般紙を合わせたものとしてグラフを構築する。

↑ 新聞発行部数(1942年-2013年、万部)
↑ 新聞発行部数(1942年-2013年、万部)

戦中から終戦にかけて、情報統制や紙そのものの不足などで新聞発行部数は漸減。戦後は一転して順調な伸びを見せている。1956年に総数が一度大きく減るが、集計方法の変更(1956年以降は「朝夕刊セット」の場合は1部とカウントしている。それ以前はそれぞれ別途に数えていたものと思われる)によるところが大きい。

ともあれ新聞の発行部数は順調な伸びを見せたものの、1980年代後半から成長率は鈍化。1997年(奇しくも定期更新記事のデータでは、一番古い年数)にピークを迎えた後、漸減を続けている。グラフの色合いから見て分かるように、特に「朝夕刊セット」の部数の減り方が激しい。

この動きをもう少し分かりやすくするため、「朝夕刊のみ」「朝刊」「夕刊」それぞれについて、折れ線グラフで示したのが次の図。

↑ 新聞発行部数(1942-2013年、万部)(各項目折れ線グラフ)
↑ 新聞発行部数(1942-2013年、万部)(各項目折れ線グラフ)

1956年の大きな動きは直上で説明した通り、カウント方法の変更によるもの。それ以外では「夕刊のみ」が1980年代前半から早くも漸減、「朝夕刊セット」が1990年にピークを迎え、後は減少を続ける一方。「朝刊のみ」は引き続き伸びていることから、夕刊の存在意義が薄れ、対価価値が疑問視されてきたのがこの時期(1990年代)と推定される。

「朝刊のみ」の伸びも1990年代後半には緩やかなものとなり、後半になるとほぼ横ばい。それでもわずかながらずつプラスを続けていたものの、2008-2009年にはピークを迎え、以降は漸減傾向を見せる。

日本の人口は漸減を続けているが、世帯数は増加の一途をたどっている。そして新聞は世帯単位で購買する事例が圧倒的多数を占めている。「人口が減っているので購買数も減る」という説明は、新聞発行部数減少を説明するには、言葉が足りなすぎる。そして夕刊は急速に部数を減らしているが、朝刊はまだ本格的な減少には至っていないことから(朝刊だけでも新聞購読であり、購読世帯が新聞を必要としている事実には違いない)、「新聞全体としての発行部数の観点からの勢い(≒「新聞そのものが要る・要らない」で「要る」の声の大きさ)は、20世紀末にはアクセルを緩めた程度」「21世紀に入ってからはほぼ惰性状態」「(朝刊がピークを迎えた)2009年以降は漸減」と見ることができよう。

今後は「朝刊のみ」、つまり新聞そのものからの離反世帯の動向が気になるところ。「朝夕刊セット」と同じような動きを見せるか、それとも起死回生の切り返しを新聞業界が成し遂げるのか。引き続き年ベースでの発表値に注目していきたい。


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