世界各国の科学技術に対する考え方をグラフ化してみる

2009/11/23 18:00

科学イメージ先に【世界各国の「新聞・雑誌」や「テレビ」への信頼度をグラフ化してみる】などで取り上げた、、世界各国の国民の意識・価値観の多様性を、多種多様な調査項目から紹介するデータ集『世界主要国価値観データブック』だが、同紙には他にも多種多彩な、検証するに値するデータが掲載されている。機会があるたびに少しずつグラフ化・分析を行っているが、今回は「世界各国の科学技術に対する考え方」についてグラフ化してみることにした。

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今調査結果は世界数十か国(80か国以上)が参加して実施している国際プロジェクト「世界価値観調査」によるもの。各国・地域毎に全国の18歳以上男女1000サンプル程度(実際には1000-2000人程度)の回収を基本とした個人対象の意識調査。調査そのものは2005-2006年にかけて行われており、該当冊子は先行して集計が終わった25か国分のデータが収録されている。

今回グラフ化するのは、資料編に掲載されている「生活様式の変化は良いか悪いか」のうち「技術開発がより重視される」、「科学の進歩は人類の利益か害か」、そして「科学技術についての考え方」から「私達の生活をより健康に、楽に、快適にしてくれる」と「より大きな機会が次世代にもたらされる」について。

まずは「生活様式の変化は良いか悪いか」のうち「技術開発がより重視される」だが、これは「良いこと」「気にしない」「悪いこと」「分からない」(「無回答」)の選択肢から一つを選ぶことになっている。「分からない」は中国とルーマニア、イラクで10%台をつけているが他は1ケタ代でほとんど影響を与えていないので無視し、単純に「良いこと……+1」「悪いこと……-1」として計算した結果、つまり各国の「生活様式では技術開発を重視した方が良いと考えている度」についてグラフ化したのが次の図。

技術開発がより重視される生活様式の変化は良いか悪いか(良いこと:+1、悪いこと:-1として計算)
技術開発がより重視される生活様式の変化は良いか悪いか(良いこと:+1、悪いこと:-1として計算)

どちらかといえば西欧・先進諸国の方が値が低く、「生活の中に技術開発が重視される形で変化していくのはあまり好まない」という姿勢が見られる。特にスウェーデンは極端に低く、現状維持的な思想が強い。

もっとも値の低い西欧・先進諸国の多くは「気にしない」の値が高いがゆえの結果ともいえる。例えばアメリカは43.2%・イギリスは30.9%が「気にしない」の項目への回答。ある程度技術が進歩していると国民が認識していると、善し悪しをあまり気にしなくなるのかもしれない。

続いて「科学の進歩は人類の利益か害か」。これは設問上、グラフを2つ生成する。選択肢としては「利益」「害」「利益にも害にもなる」「分からない」(「無回答」)が用意されている。そこでまずは単純に「利益」をプラス1、「害」をマイナス1として計算したのが次のグラフ。「利益にも害にもなる」を併記しておく。なおコロンビアとイラクは集計が行われていない。

科学の進歩は人類の利益か害か(利益度:利益-害)
科学の進歩は人類の利益か害か(利益度:利益-害)

単純に「利益」「害」の、いわば「オール・オア・ナッシング」的な思考で見た場合、科学信奉としては中国がもっとも高く、次いでアメリカ、ポーランドの順となる。日本は下から4番目。非常に低いように見える……のだが、順位が下の国、特に日本やニュージーランド、スロベニアでは「利益にも害にもなる」の意見が多いのが見て取れる(日本はこの項目ではトップに値する)。

要は、順位が低くなおかつ「利益にも害にもなる」値が高い国は、科学の良し悪しを十分に把握し、「良いとも悪いとも言い切れない」という認識をしている人が多く、「科学は万能」という考え方からは一歩引いていると見なすことができる。科学を否定するわけではないが、冷静な目で科学に傾注するという点ではむしろこの考え方が高い方が健全かもしれない。

なお、「科学の人類の利益度」のみを純粋に考えるため、係数の割り振りを「利益」をプラス2、「利益にも害にも」をプラス1、「害」をゼロとした場合のグラフは次の通り。日本が断トツのトップに躍り出る。

科学の進歩は人類の利益か害か(利益度:利益…2、「利益にも害にもなる」…1、害…0)
科学の進歩は人類の利益か害か(利益度:利益…2、「利益にも害にもなる」…1、害…0)

係数の設定方法により結果は変わりうるので断言はできないが、妄信せずに冷静な目で判断した上で、科学に対して「人類の利益となる部分は多い」ともっとも強く考えているのは日本である、という見方もありだろう。

次に「科学技術についての考え方」から「私達の生活をより健康に、楽に、快適にしてくれる」に関するグラフ。こちらは「健康に、楽に、快適にしてくれる」にまったく反対からまったく賛成まで10段階に区切られ、その他に「分からない」(「無回答」)の選択肢が用意されている。そこで「全く反対」を1、「全く賛成」を10として賛成度、すなわち「科学技術は私達の生活をより健康に、楽に、快適にしてくれると考えている度」をグラフにしたのが次の図。なおグラフ内にも記したが香港、ニュージーランド、グアテマラ、フランス、イギリス、オランダ、ロシア、イラクは未調査となっているためデータが無い。データを見たい国が多数含まれているだけに、残念だ。

科学技術は私達の生活をより健康に、楽に、快適にしてくれる(「全く賛成」を10、「全く反対」を1として計算)
科学技術は私達の生活をより健康に、楽に、快適にしてくれる(「全く賛成」を10、「全く反対」を1として計算)

「計測国」中では日本はかなり下の方に位置する。もっとも上位3か国を除けばすべて6ポイント台だから、誤差の範囲と言えなくもない。やや冷静に見ている、という程度だろうか。

気になるのは数字が異常に低いドイツとキプロス。キプロスは原因が全く不明。政情不安定な国であるのがため「科学くらいで生活が楽になるわけがない」「(西洋文化による)科学技術などまっぴらごめん」という認識があるのかもしれない。

一方ドイツは、一見すると科学技術先進国のイメージがあるが、ここも値が低い。データを見ると、「無回答」の人が50.3%にも達しており、これが数字を低める原因となっている。科学技術は生活とは無関係のものであり、楽にするとか快適にするということを考える余地は無い、という科学への絶対的な信奉があるのだろうか。あるいは大戦時のトラウマが回答に影響している可能性はある。

最後にそして「科学技術についての考え方」から「より大きな機会が次世代にもたらされる」について。こちらもまったく反対からまったく賛成まで10段階に区切られ、その他に「分からない」(「無回答」)の選択肢が用意されているので「全く反対」を1、「全く賛成」を10として賛成度、すなわち「科学技術によってより大きな機会が次世代にもたらされると考えている度」をグラフにしたのが次の図。なお先のグラフ同様に、香港、ニュージーランド、グアテマラ、フランス、イギリス、オランダ、ロシア、イラクは未調査となっているためデータが無い。特にイギリス、フランス、ロシアあたりはチェックを入れたいところなのだが……。

科学技術は、より大きな機会が次世代にもたらされる(「全く賛成」を10、「全く反対」を1として計算)
科学技術は、より大きな機会が次世代にもたらされる(「全く賛成」を10、「全く反対」を1として計算)

こちらも日本はどちらかといえば下の方。熱狂的では無く、比較的冷静に判断を下していると見ることもできる。また、ドイツとキプロスの値の低さも先のグラフ同様で、非常に気になるところだ(データブックには同類設問で「科学に頼りすぎて信仰をおろそかにしている」があるが、こちらでもキプロスは大変低い値、ドイツは無回答が過半数に達している。上記推測を裏付けるものとして見てよいだろう)。

以上4つの統計データを見渡すと、日本は科学・技術開発に対しては

・利益になる、役立つ技術がもたらされるものと考えていることにかけてはどの国にも負けない。
・同時に害にもなりうるリスクも認知している。
・肯定的には違いないが「科学万能主義」的な妄信思考ではなく、冷静さをもって認識している。

とい立ち位置を示してることが類推される。ポジティブな解釈をすれば、非常にバランスの良いとらえ方をしているといえよう。日本人特有の「中庸志向」のなせる技かもしれない。

もちろんこれが「科学万能、”猛”進主義でないのなら、あまり科学技術に力を入れなくても良いではないか」「世界で一番で無くても、他国に任せりゃいいじゃん?」「数年くらい研究を中断したって問題ないのでは?」という指針を裏付けることにはならない。

親に叱られる子供イメージ子供が自ら望んでピアノや野球の練習に励む様子を想像して欲しいが、そのような場で子供に対して「どうせあんたは出来っこないんだからあんまり練習しなくてもいいよ」「どのみち●×ちゃんが大会候補に選ばれるのだから、ピアノ塾もお金もったいないから回数を半分にしていいわよね」「お前はいくら練習したところでプロ野球選手どころかチームのレギュラーにもなれやしない」と親が高圧的に諭したら、子供はどのように想うだろうか。やる気を無くし、機会を失い、もしかしたら芽生え、大きく成長したかもしれない芽を潰してしまうだろう。大きく成長はしなくとも、果実を実らせるくらいに成長し得たかもしれない「可能性」を無きものにしてしまうかもしれない(形が目の前に見えないものは軽視する、という風潮は昨今のメディアが推し進めているものかもしれない。参照:【自分の目の前にあるものがすべてではないことを知る】)。

そして自分自身の経験を思い返してほしいのだが、中長期的な目標を設定した場合、その目標値を10にしたところで、その目標値通りに達成することは滅多にない。大抵がその半分前後の達成率、具体的には5前後に留まってしまっているはずだ。だからこそ目標は「夢」であり「最大限に成功した際の天井的なもの」として設定されねばならない。「末は博士か大臣か」は親から子供に向けられた昔の言葉だが、実際にすべての子供が博士か大臣になったら、その国は滅んでしまう(笑)し、そんなことは起きるはずもない。

楽しく科学を学ぶ子供達イメージある意味、科学技術への資金・人材・機会的な支援は中長期な視点での「投資」に他ならない。「短期的な成果が見られないから」「一番になる可能性が低いから」といって、それだけで研究を中断したり歩みをくじかせるのは、短期的にはプラスとなるかもしれないが、中長期的には間違いなくマイナスとなる。もちろん本当の「ムダ」を省くのは必要だが(どんな分野においても共通の話)、未来の世代に向けて保存してある「種もみ」や「備蓄食料」を、「今贅沢をしたいから」「贅沢させるって約束しちゃったから」と手をつけるのは、現在においてはもちろんのこと、未来の子供達に対する大罪に他ならない。

あるいは「先の事など知ったこっちゃない」と受け止められる大人たちの自分勝手な行動に、子供達はどのような視線をむけているのか。大人たちは今一度、考えなおしてみるべきではないだろうか。せっかく日本は科学や技術に対して、バランス感覚に優れた考え方を持っているのだから。

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