「国民生活基礎調査」を基にした論旨にツッコミを入れてみる

2014/07/25 15:30

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数日来【平均世帯人員と世帯数推移】をはじめ多数の記事により、厚生労働省が2014年7月15日に発表した平成25年度版(2013年度版)となる「国民生活基礎調査の概況」と、その詳細値を収録した総務省統計局のデータベースe-Statのデータを基に、さまざまな切り口から各種動向を精査した。今回は番外編として、同じ「国民生活基礎調査の概況」を用いた他所の論旨について、少々首を傾げる、ミスリーディング的なものが目に留まったため、それに関する確認をしていくことにする(【発表ページ:平成25年 国民生活基礎調査の概況】)。


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「貧困率悪化」は本当にアベノミクスが原因?


該当する記事は【子どもの貧困率16.3%と過去最悪にしたアベノミクス-貧困連鎖がもたらす社会的損失と戦争のスパイラル】(取得魚拓:【子どもの貧困率16.3%と過去最悪にしたアベノミクス-貧困連鎖がもたらす社会的損失と戦争のスパイラル】)。後半部分はほぼ他者記事の引用によるもので、記事執筆者の主張を代弁させているだけであり、「国民生活基礎調査の概況」とは基本的には関係が無いのでひとまず保留しておく(この手法は手法で、巧妙な手口ではあるのだが)。

まず「貧困率の状況」部分。これは概説レポートの18ページ、「7 貧困率の状況」部分が該当する。

↑ 表12 貧困率の年次推移
↑ 表12 貧困率の年次推移

数字的な貧困率は経年変化でも上昇、つまり状況的には悪化しており、憂慮すべき事態に違いない。そして今「国民生活基礎調査の概況」では相対的貧困率が前回調査(2009年)分と比べ、今回調査分(2012年分)では0.1%ポイント、子供の貧困率では15.7%から16.3%と0.6%ポイント増加したことが記述されている。

問題なのはこの貧困率の悪化を「深刻な貧困化をすすめるアベノミクスの正体を明確に示しています」と明記していること。タイトル文にもその旨を書いており、これこそがもっとも言いたかった主旨であることは容易に想像できる。

ではあるのだが。

表をよく見れば分かる通り、「相対的貧困率」「子供の貧困率」共に、2012年時点の算出値である。調査が実施されたのは2013年6月から7月、該当する部分は所得票・貯蓄票なので2013年7月11日時点の回答のものであり、その時点ではまだ2013年は経過中であるため、すでに終了している2012年時点の値を問い合わせるのは当然の話。

さて、現在政府与党の自由民主党総裁である安倍晋三氏を首班とする安倍内閣が発足したのはいつだろうか。2012年12月26日である。つまり記事執筆者の論旨の通りなら、安倍内閣は政権発足後1週間足らずにして、相対的貧困率・子供の貧困率を劇的に変化(悪化)させたことになる。

これは大よそ論理的には理解しがたい。いわゆる「ハネムーン期間」(政権交代や内閣交代に伴い施策の建て直しや調整のため、3か月、100日、半年ほどは施策は不安定化しうるため、評価は控えるべきとする考え方)を考慮するとまったく対象外となる。

すでにこの時点で論理的にありえない状況ではあるが、さらにいえば【風が吹けば桶屋が儲かる的な「経済波及効果」】【第2章 経済波及効果分析の概要(神奈川県)】【第1章 経済波及効果分析の留意点(大阪府、PDF)】などで解説の通り、仮に有効な経済施策を成したとしても、その施策が効果を発揮するのには一定の時間を要し、しかもその時間的問題は不明確である(「経済波及効果が起こるまでの所要時間は明確でない」)。「風が吹けば桶屋が儲かる」の言い回しで例えるなら、風が吹いた瞬間に桶屋が儲かるわけでは無い。

また、2009年から2012年の各値の変化状況はこれまでの推移とさほど変わらず、イレギュラーな動きをしているわけではない。2012年分が特筆すべき動きを示しているわけではないことは、グラフを構築すればよく分かる。

↑ 貧困率の年次推移(国民生活基礎調査より)
↑ 貧困率の年次推移(国民生活基礎調査より)

生活意識は2013年ではむしろ向上している


続いて生活意識に関する回答でも「数字の悪化」を記事執筆者は喧伝している。説明にいわく「回答時は2013年7月のものであり現政権の施策の影響が明確に云々」とある。これについてはすでに【約6割が「厳しい」意識…生活意識の変化(2014年)(最新)】【生活意識は全体と比べややゆとり…高齢者の生活意識の変化(2014年)(最新)】【厳しさ募る「子供が居る世帯」の生活感…児童あり世帯の生活意識の変化(2014年)(最新)】で解説しているが、その直近における2013年分のデータに関しては、全体・高齢者世帯ではむしろ前年よりも状況は改善、児童のいる世帯でもほぼ横ばいとの結果が出ている。さらに母子世帯に関しては前年2012年分が抽出調査対象母集団数が少ないため参考値でしかないが、それを承知の上で比較すると、意識の上では改善の値が成されている。

↑ 生活意識別世帯数の構成割合の年次推移(国民生活基礎調査、2012年)(世帯状況別)
↑ 生活意識別世帯数の構成割合の年次推移(国民生活基礎調査、2012年)(世帯状況別)

↑ 生活意識別世帯数の構成割合の年次推移(国民生活基礎調査、2013年)(世帯状況別)
↑ 生活意識別世帯数の構成割合の年次推移(国民生活基礎調査、2013年)(世帯状況別)

先の事例、解説に有る通り、現行政権政党がわずか半年で生活意識をグイっと引き上げるほどの施策を成し遂げたとは考えにくい。ただしこの時期、株価は上昇し為替レートも過度の円高から差し戻しを成しつつあり、景況感としては安定の方向を目指していたことには違いない。

↑ 景気ウォッチャー調査による景気の先行き判断DI(全体)推移(2009年1月以降)。2012年末から2013年夏にかけて、先行きの景況感が大きく盛り返しているのが分かる。
↑ 景気ウォッチャー調査による景気の先行き判断DI(全体)推移(2009年1月以降)。2012年末から2013年夏にかけて、先行きの景況感が大きく盛り返しているのが分かる。

いずれにせよ2013年の値のみを見て、「こうした過去最悪の数字は、深刻な貧困化をすすめるアベノミクスの正体を明確に示してい」るというのは話として筋が通りにくい。

さらに言えば「生活意識」に関しては、他の意識調査同様、日本人特有のネガティブ思考…というよりは、全体を強く意識し個の優先順位を低くとらえる傾向が強く出ているともいえる。個を後回しにするからこそ、個々の立ち位置、状態は比較論として良くない状況下にあると認識してしまう。これは【世界の消費者マインドは上昇を続ける、が……景況感指数、日本は主要国中最低を維持】【日本の若者が抱えるネガティブシンキング、各国比較で上位独走!?】などで解説している通り、諸外国と比較して日本独自の傾向として強く表れている。単年値として、低めの値が出るのは、ある意味日本人の特性といえる(無論、経年変化で状況が悪化しているのはまた別の問題)。



該当記事の後半部分はほぼ引用であること、「国民生活基礎調査」とは関係が無いことから解説は省くが、例えば「経済的徴兵制」(経済状態の悪化に伴い低所得者が兵役志願をしなければならなくなり、結果として経済面での徴兵制を敷いたのと同じになる、という説)は【「経済徴兵制」なる詭弁な言葉、その主張の行きつく先は、彼らが目指すものとは正反対の世界】などで指摘の通り、主張する側の内容とはまったく逆の結果を意味していることになり、論理的に筋道が通らない。

また、「貧困率」そのものに関しても以前【「相対的貧困率」について色々と考えてみる……(1)発表データのグラフ化と二つの貧困率】から連なる一連の解説記事にある通り、相対的貧困率と絶対的貧困率の違いがあり、それを混同してしまうのでは話に混乱が生じるばかりとなる(それを意図しているのなら話は別だが)。

経年変化で生活意識の状況がネガティブな値を積み増していること、子供を有する世帯、特に母子世帯の貧困問題は重要課題であることに違いは無い。中でも後者は以前【いわゆる「未婚の母」による出生率(最新)】などで解説している、「結婚していない女性により出生した子供(婚外子、非嫡出子)」の問題も絡んでいる。

ただし、事実誤認による誤解釈の上での問題提起、さらには問題提起あるいは主張・バッシングを行うための(意図的な)誤解釈は、これを肯定するわけにはいかない。目的のためには手段を選ばないのでは、いかなる調査結果も数字も意味を成さず、信頼性を悪用されたことになってしまう。

単なる誤解釈による間違いならば誰にでもある(お世辞ではないが当方も少なくない)。しかし今件は該当記事の傾向を見る限りにおいては、「目的のためには手段を選ばない」の結果であると判断した方が道理は通る。

【「徴兵制」「軍事大国」「若者が前線に」…分かりやすく目立つ言葉で釣る、煽動とセンセーショナリズム手法】などで解説したように、センセーショナリズム的な、ミスリーディング的な手法のために、「国民生活基礎調査」のような貴重な定点観測的調査の結果が使われるのは、誠に遺憾としか表現のしようがない。


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