沈む雑誌や文庫や実用書、伸びる児童書…出版物の分類別売上の変化(22年経緯)(最新)

2023/12/07 06:19

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2023-1207先に【出版物の種類別売上の変化(前年比)】で、日販の「出版物販売額の実態」最新版(2023年版)のデータを基に出版物の主要分類別における売上の直近動向を確認した。直近年では軟調な種類ばかりの販売動向ではあったが、それではこの流れは単年のみのものなのだろうか。それとも以前から同じような動きを示していたのだろうか。過去のデータを紐解き、その疑問を解消していくことにする。

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まずは書店における出版物の売上高では額面上大きな売上を占める3大分類「雑誌」「コミック」「文庫」(この3区分で売上全体の約2/3に達する)、それに加えて「新書」の計4区分を抽出した、過去22年分における売上高前年比の推移を折れ線グラフにしたのが次の図。

↑ 分類別売上高前年比(雑誌、コミック、文庫、新書)
↑ 分類別売上高前年比(雑誌、コミック、文庫、新書)

金融危機が経済の足を引っ張り始めた2007年までは「雑誌」の低迷感はともかく、「コミック」「文庫」「新書」はそれなりによい値を示していた。ところが2007年以降は押しなべてマイナス圏を推移。「コミック」はヒット作による底上げがあるため時折大きな上昇の力にけん引されることもあるが、それでも全体的なマイナス感は否めない。また「雑誌」はマイナスを継続し、その下げ幅は少しずつ大きなものとなっている。

もっとも2007年は金融危機の勃発年ではあるが、同時にこの前後からインターネットの普及浸透や携帯電話の利用が広まりを見せていたため、経済全体よりもむしろメディアの多様化によるものの影響の方が大きいかもしれない。スマートフォンが本格的に普及し始める2011年から2012年以降、特に「雑誌」の下げ幅が大きくなっているのも、その表れと見れば納得はできる。

2020年では、「コミック」が「鬼滅の刃」の大ヒットを受けて大きなプラスに。記録のある2001年以降では最大の上げ幅となる前年比プラス31.5%を示している。「雑誌」「新書」「文庫」「新書」は相変わらずのマイナス。直近の2022年では「コミック」の下げ幅が2001年以降では最大のものとなっているが、2021年以上に2020年の大きなプラスからの反動を受けたように見られる。

続いて「児童書」「学参(学習参考書)」「辞典」「実用書」「地図旅行」。ややこしい話になるのだが、「学参」と「辞典」、「実用書」と「地図旅行」はそれぞれ2004年までは同一区分でカウントされていたため、それぞれは2004年までまったく同じ値となっている。そして2005年から2009年は分離、2010年では再びそれぞれが合算して1項目に戻ったため、再び同じ値を示している。これら「2004年まで同じ」「2010年で同じ」区分内の項目は、同じ種類のマークを名前の後ろにつけて、把握できるようにしている。

↑ 分類別売上高前年比(児童書、学参、辞典、実用書、地図旅行)
↑ 分類別売上高前年比(児童書、学参、辞典、実用書、地図旅行)

2008年に「辞典」が大きく売れ行きを伸ばした理由は過去の記事で補足したように、10年ぶりに改訂された「広辞苑」の発売(第六版)と、【2008年辞典売上活性化の謎】で解説した「辞書引き学習」のブームによるもの。そのイレギュラーを除けば、2007年の不況以降は押し並べて軟調。ただしここ数年は該当部門は「児童書」「学参・辞典」は復調の兆しを見せ、プラス、あるいはマイナスでも最小限の下げ幅にとどまっている。先行記事で言及している通り、子供向けの出版物は他の分類と比べ、活気を示しているように見える。

2020年では「児童書」「学参(・辞典)」が大きな伸びを示している。これは新型コロナウイルスの流行で在宅学習を余儀なくされた子供のために、保護者がよりよい学習環境を整備しようと学習関連本を購入した結果が値に出たものと思われる。その分、2021年では落ち込んでしまったが、それでも「児童誌」は前年比でプラスを維持したままという堅調ぶり。

直近の2022年では、「児童書」「学参(学習参考書)」「辞典」「実用書」「地図旅行」すべてが大きな下げ幅を示してしまっている。特に「児童書」が2001年以降では最大の下げ幅となってしまったのが気になるところ。

最後に「文芸」「ビジネス」「専門」「その他」。このうち「ビジネス」「専門」については、やはり2004年まで同一項目でカウントされている(こちらは2010年の項目再統合は無し)。また「その他」は2010年では「総記」と項目名を変更している。

↑ 分類別売上高前年比(文芸、ビジネス、専門、その他→総記)
↑ 分類別売上高前年比(文芸、ビジネス、専門、その他→総記)

「その他→総記」とは具体的には日記、手帳、文具や図書券、セルビデオ、レジ回り商品文具などを指す。2010年にこの分類が大きな伸びを示したのは、【短所を長所に...電子たばこ付きの「本」、ミリオンセラーに】で紹介した電子たばこが多分に影響しているものと考えられる。

「文芸」の上下の振れ幅の大きさが目にとまるが、これは「コミック」同様に、この分類がヒット作の状況次第で大きく左右されるのが原因。中期レベルでの傾向は特定できない。ただこの数年は押し並べてマイナス圏にあり、それだけコンスタントに売上が落ちていることに違いはない。2013年では村上春樹氏の新作「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」の登場で大きく盛り上がったが、その分反動が翌年の2014年に現れた形となった。少なくともデータを精査できる2001年以降では最大の下げ幅を示している。その翌年の2015年は再びプラスを見せたが、前年の反動以上のものではない。

また今グラフは「ビジネス」「専門」の安定的なまでの縮小ぶりがよくわかるものとなっている。「専門」は2015年を除くグラフの領域全期間で、「ビジネス」は2006年以降は継続して前年比マイナス圏にあった。2018-2019年の連続したプラスは非常に稀有な形。また2020年の大きなプラスは、新型コロナウイルスの流行で在宅勤務を余儀なくされた就業者が、仕事の資料として、あるいは増えた在宅時間を活かすためにビジネス関連の本を買い求めた結果が出たものと思われる。他方、直近2022年ではすべての種類が大きく下げているのが目にとまる。「総記」の下げ幅が大人しく見えるほどだ。

「ビジネス」の不調さの理由については、読むに値する該当分類誌が減ったのか、インターネットなどのデジタルメディアに需要が移行したのか、原因は複数考えられるが、今回の結果からだけでは断定は難しい。もっとも、例えば金融系ビジネス誌の休刊が見受けられる状況と、その理由を推測する限りでは、「購入価値がある対象誌の減少」「デジタルメディアへの移行」の双方が相乗効果的に影響を及ぼしていると考えれば道理は通る。



以上駆け足ではあるが、主要分類別に出版物の売上推移のチェックを行った。2019年は複数のヒットセラーが貢献する形で「コミック」が大きなプラスを見せるなど、ある意味活況のある年となった。しかしながら「文芸」や「文庫」などの減退は著しく、全体としてはマイナスを示す形となっている。

一歩引いて出版物市場全体を見渡すと、消費者の可処分所得の減退、消費性向の変化、娯楽の多様化、他メディアとの時間・費用の奪い合い、そして「読書」の観点に限っても電子書籍の登場と広まりなど、出版物の周囲には売上の減少を導く要素が多分に確認できる。しかしこれらの動きは一、二年突然に降ってわいたものではなく、それよりももっと前から生じていたもので、「変化」はそれが加速化したに過ぎない面も大きい。そして似たような「変化」はこれまでにも何度となく発生している。

注意したいのは、「これまでにも」の事例も含め今回の「変化期」においても、単なる縮小とは異なる「スタイルの変貌」「進化」の様相を合わせ持っていること。他メディアとの積極的な連携、電子書籍など多様な方向性への展開に代表される、新たな富肥市場をつかむ選択肢・可能性も用意されている。

昨今の「出版不況」は業界が進化を遂げるために課せられた、艱難辛苦、試練とする解釈も可能だろう、いやそうに違いない。


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(C)日販 ストアソリューション課「出版物販売額の実態2023」

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