国に強い責任と充実した行政サービスを求める傾向、しかし……

2011/12/20 12:00

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対立先に【閉塞感の増加…日本の生活周りの心境変化】で記したように、以前【世界各国の「新聞・雑誌」や「テレビ」への信頼度】などで取り上げた『世界主要国価値観データブック』のデータ更新分の一部(日本調査分)がダイジェスト的な形で、【「日本の時系列変化<1981-2010年結果より>」】において発表されていた。他国との比較が出来ないこと、公開値が一部項目かつ大まかなものでしか無いなどの難点もあるが、いくつか気になる点に焦点を絞って解説を進めている。今回は「生活における国の責任と行政サービス」について見て行くことにする。


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今調査結果は2010年11月-12月にかけて、日本全国18-79歳の男女を層化多段無作為抽出(18、19歳は割当法)で抽出した上で、訪問留置法によって行われたもの。有効回答数は2443人。

まずは日常生活の平穏さ、安心感を覚える日々に対する保証について。国がどこまで責任を持つかという点で、「国の責任を重視する」を「1」、「個人が自分で責任を持つ」を「10」に割り振り、どちら側を強く感じているかを10段階で回答してもらった結果。今回の発表データでは「1-5」と「6-10」の2区分でまとめている。

↑ 安心な生活と国の責任
↑ 安心な生活と国の責任

少しずつではあるが国に対する期待感の高まりが、確実に増加しているのが確認できる。

この「期待感」は「福祉サービスと税との関係」という、具体的な項目でも明確に浮き出ている。現状認識が次第に「福祉サービスが縮小化している」派が増え、それと共に「税負担が増えても良いので福祉行政サービスを充実させるべき」派が増加しているのが分かる。

↑ 福祉サービスと税との関係(どちらに近いか)(一択、どちらともいえない・無回答は省略)
↑ 福祉サービスと税との関係(どちらに近いか)(一択、どちらともいえない・無回答は省略)

この傾向は似たような別調査の結果【5割強は「負担増でも社会保障維持拡大」、「負担維持で保証引き下げ容認」は2割 】でも確認できる。社会全体の一人ひとりにおける意志の変化、というよりは福祉行政サービスを「受給する側の」(であることが多い)高齢者の比率が増加したことが、「回答者全体」における「福祉行政サービス充実派」の増加を導いたと考えれは、道理は通る。5年単位の調査間隔なら、人口構成比を起因としたこれ位の変化は容易に生じ得る。

しかし一方で、公共投資や事業(多くは福祉行政サービスに直結する)と財政規律との関係においては、「公共事業投資よりも、財政規律の重視を行うべき」という将来像を描いている人が多数を占めるという、やや矛盾した結果が出ている。

↑ 公共投資・事業と財政規律との関係
↑ 公共投資・事業と財政規律との関係

一番良いのは双方を成し得ること(公共事業活性化・投資重視と、財政規律の重視を同時に行う)だが、これは容易ではない。技術や知恵が足りない者が大ナタを振るおうとすると、得てして虻蜂取らずになってしまうのがオチだ(直近では「仕分け」という好例がある)。パイの切り分けを厳密にしようとして下手な技でナイフを何度も入れ、パイをグチャグチャにしてしまうより、パイの大きさを大きくするなり、もう一枚焼き上げるような選択こそ、すべきではあるのだか。


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