「昔はこれがあたり前だった」ことに驚く広告

2011/04/06 12:00

「昔はこれがあたり前だった」のだよ昨今のテレビゲームは実写の動画と見間違うほどの精密なグラフィックや、声優・音声合成によるリアルな会話のやりとり、本格的シミュレーターも顔負けの大量のデータを駆使した計算結果による緻密な疑似世界の再現、さらにはインターネットを介することで不特定多数の人とリアルタイムに意志疎通をしながらのプレーなど、一昔前なら想像も出来なかったような世界に足を踏み入れつつある。民生用としてはまだ半世紀も経っていないにも関わらず、光の速さの進歩ぶりを続けるテレビゲームの世界は、それだけに昔とのギャップに驚かされることも多い。今回は紆余曲折があったものの長い歴史を持つ、あるゲームブランド・メーカーの、この会社ならではの広告である(I Believe in Advertising)。

スポンサードリンク


↑ テニスプレイヤーが手にするものは
↑ テニスプレイヤーが手にするものは

これはゲームメーカーのアタリ社(Atari)による、ニュージーランドでの広告。姿恰好はプロテニスプレイヤーで、手に持っているものは恐らくテニスラケットなのだろうが、あまりにも雑な創りのラケットに唖然とさせられる。そして良く見るとそれが複数のドットで構成された、いわゆる「ドット絵」であることが分かる。さらにポスターの右下には「アタリは1972年からゲームに携わってますよ(ATARI SINCE 1972)」のメッセージとお馴染みの会社ロゴ。

分かる人にはひと目でピンと来るだろう。かのテニスプレイヤーが手にしているのは、アタリ社の黎明期に発売された、今から見れば非常に粗いドットで構成されているテニスゲームに登場するテニスラケットに他ならない。


↑ Atari2600のテニスゲーム。
↑ Atari2600のテニスゲーム。

初心忘れるべからずという意志表示にも取れるし、「今の技術で再現すればこのくらいな雑なものしか表現できない時代から、私たちはゲームを手掛けているのですよ」という自負にも見て取れる。解釈は観る人によって変わってくるが、いずれにせよ「ありふれた情景の中にパッと現れる違和感」は注意を引き寄せるのに十分なもの。そしてその違和感のメッセージに気がつけば「なるほど」という納得と、昔のゲームに対する気持ちの共有を覚えることができる。

今広告にはいくつかのバリエーションがある。いずれも切り口は同じで、別のゲームを対象としたものだ。

↑ アメフト
↑ アメフト

↑ ゴルフ
↑ ゴルフ

現実の世界の中に、今の水準で見れば非常にチープな仮想(ゲーム)世界の造型が一枚の写真に収まると、元の品物(テニスラケット、アメフトのボール、ゴルフボール)を知っているだけに、余計に違和感と不釣り合いな状態に笑みがこぼれてしまう。

このレベルの粗いドット絵時代のゲームを知らない人には「ナニコレ? 紙切れかゴミ?」程度にしか認識できないだろうが、昔からゲームをたしなんでいる者やゲームの歴史に詳しい人なら、十分に意図が理解出来る。その観点でいえば、「ゲーム中級者以上」に向けたポスターともいえよう。


■関連記事:
【ゲーマー向け AからZの歌】

スポンサードリンク




▲ページの先頭に戻る    « 前記事|次記事 »

(C)2005-2017 ガベージニュース/JGNN|お問い合わせ|サイトマップ|プライバシーポリシー