日本の出生率と出生数をグラフ化してみる

2011/01/13 07:05

出産先に【戦前の初婚年齢の推移をグラフ化してみる】で初婚年齢の戦前分のデータを検証した際に見つけた【子ども・子育て白書 (旧少子化社会白書)(平成22年版)】。この「付録項目」には日本のさまざまな社会構造を推し量る貴重な中長期データが収められている。今回はそのデータを元に、出生率(合計特殊出生率)や出生数の推移をグラフ化することにした。

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具体的なデータ参照元は【7.6.年齢階級別未婚率の推移】。人口動態調査などのデータを元に、戦中戦後の混乱期を除き、出生数は1872年以降、出生率は1947年以降は毎年、それ以前は1925年以降飛び飛びのデータが用意されている。また同ページでは2008年分までのしか記載されていないが、2009年分のは【平成21年人口動態統計月報年計(概数)の概況】で補完した(2010年分は今年の6月公開予定)。

まずは単純な出生数。

↑ 出生数推移(人)
↑ 出生数推移(人)

戦前はほぼ横ばいで推移。戦後になり、戦地から帰還した人たちによる第一次ベビーブーム、そしてその時期に生まれた子供達による第二次ベビーブーム(その間に丙午(ひのえうま)による減少も確認できる)、その後漸減、横ばいの動向が見て取れる。直近2009年は107万0025人。

続いて合計特殊出生率。舌をかみそうな用語だが、これは一人の女性が一生のうちに出産する子供の平均数を示している(計算対象を一般的な出産可能年齢である15-49歳にの女性に限定している)。単純計算でこの値が2.0なら、夫婦二人から子供が二人生まれるので(男性は子供を産まない)、その世代の人口は維持されることになる。実際には多種多様なアクシデントによる減少があるため、人口維持のための合計特殊出生率は2.07-2.08といわれている(これを人口置換水準と呼ぶ)。

↑ 合計特殊出産率(人)
↑ 合計特殊出産率(人)

戦前のデータはほとんどつぎはぎだらけだが1925年には5.11、1930年には4.72という値が確認できる。戦前最後の1940年は4.12人。

戦後になると第二次ベビーブームの1970年代がほぼ2.1台で推移しているが、1974年に人口置換水準2.08を割り込む値を見せ、以後漸減傾向が続いている。最近になってやや上昇傾向を見せ始めたものの、2009年は2008年と同じ1.37で推移している。



少子化の原因は多種多様に及び、複数の要因が複雑に絡み合った結果といわれている。晩婚化(初婚年齢の上昇)、未婚化、女性の高学歴化、住環境の問題、経済状況の悪化、社会風土の変化などを個別の事由として挙げ、さらには男女の手取り格差の縮小で逆に「女性が仕事を辞めると生活水準が低下する(のでなかなか職場を離れられない)」ために晩婚化が進んで出産年齢が上昇し、少子化が進んだとの複数要因で説明する説もある。

この問題を解決するには、まずは一つひとつの絡み合った要因を解きほぐし、その上で出来ることから解決していくという、中長期的な戦略眼の上での対策が求められよう。現金をばら撒けば万事解決するのは、子供向けのゲームの中だけに過ぎないのである。

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