【更新】「自分が知ってるそのことを 相手が知っているとは限らない」…ネット上の「暗黙の了解」の明文化

2010/08/29 18:47

明文化先日【ツイッター経由】で興味深いお話を耳にした。千葉市がソーシャルメディアの利用に関するガイドラインを2010年8月3日に公開したという【現代ビジネスの記事】で、読み進めていくと確かに千葉市は【「千葉市職員のソーシャルメディアの利用に関するガイドライン」について(FAQ)】を制定している。しかも今見た限りでは「最終更新日:2010年8月20日」と書かれており、細かな調整が逐次行われていることが分かる。今回はこの公開された「ガイドライン」と、それを解説した現代ビジネスの記事、そしてこの記事の情報を教えてもらった直後に提供を受けた人と交わした会話の中で、当方が再確認した事柄を覚え書き代わりに書き記しておくことにする。その内容とは、記事題名にある通り「『自分が知ってるそのことを 相手が知っているとは限らない』」「ネット上の『暗黙の了解』の明文化」についてである。

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千葉市の【「千葉市職員のソーシャルメディアの利用に関するガイドライン」について】を読むと、多くの読者は「何当たり前のことを書いているんだ」と思うに違いない。まるで小学生の道徳の教科書を読んでいる気分になる、と表現すれば良いだろうか。

↑ 千葉市職員のソーシャルメディアの利用に関するガイドライン
↑ 千葉市職員のソーシャルメディアの利用に関するガイドライン

しかしそれは、その「多くの読者」がすでにインターネット上で長い時間を経て色々な経験を持ち、ソーシャルメディアを使いこなしているからこそ言える、思えることに他ならない。例えるなら、「小学校の道徳の時間に授業を受けて教科書を何度も読み、社会生活上で保護者や先輩、先生、近所の人や友達から、『して良い事』『してはいけない事』を教わり、学んでいる」からこそ、「道徳の教科書の内容」を「当たり前のこと」と認識できるという次第。

おサイフケータイところが少なからぬ大人、特に中堅層から高齢者にとって、インターネットのサービスは初めての事柄ばかり。しかも自分がこれまで知っていたこと、常識が通用しない、過去の知識や情報の蓄積が役立たないものが多い。例えば自動販売機の使い方を知っていれば、松屋の牛丼の券売機や公衆電話も同じような仕組みなので難儀せずに使える。しかしおサイフケータイを使うには新しい概念や操作方法を覚えなければならず、「ゼロからのスタート」を要求される。いわば「道徳の教科書に目を通しておらず、授業も受けず、周囲の人から道徳倫理も学んでいない」状態として放り出されてしまう。

しかも大抵において、そういった「新しい技術」のサービスは、分厚いマニュアルで解説がなされており、読む気が失せるものばかり。学校のような「優しく実践しながら説明してもらえる」機会も用意されておらず、周囲の人が手ほどきしながら教えてくれる「好機」に恵まれない限り、多くの人が「別にいいや、覚えなくても」と投げだしてしまうことになる。そして「ソーシャルメディア」をはじめとしたインターネットの新しいサービスも、この事例に含まれることが多い。

ここに「暗黙の了解」に関する情報の断絶が生まれる事になる。昔からインターネットのサービスになじんできた人たちは、ソーシャルメディアのような新しいサービスも「これまでのものの発展系」として、低いステップの飛び越えで習得できる。「暗黙の了解」も既知のものにいくつか追加するだけで済むので容易に会得が可能となる。ところが中堅層から高齢者にとっては、いきなり「ソーシャルメディアを使いなさい」と言われても右往左往するばかり。ほとんど何の前提となる知識も無いのだから、当然といえば当然。必然的に、「暗黙の了解」を知っていれば起こすはずのないミスをして、色々とトラブルを巻き起こすことになる(決して揶揄するわけではないが、携帯電話も自動販売機も知らない明治時代の人に、突然おサイフケータイを使って自動販売機で買物をしなさいと命じるようなもの)。

↑ 該当ジャンルの元々の情報・ルールの蓄積が少ないと、新しいモノの利用を要求されても難儀してしまう
↑ 該当ジャンルの元々の情報・ルールの蓄積が少ないと、新しいモノの利用を要求されても難儀してしまう

だからこそ、その「暗黙の了解」のギャップを埋めるために、今回の千葉市が提示したような「明文化」が必要になる。自分が「当たり前だ」と思っていることが、すべての人にとって「当たり前」とは限らない。特に「当たり前で無い」と思われる人たちが多いことが想定される場合、「明文化」は非常に重要な作業・工程になる。それは先の例でいえば、「道徳の教科書」であり「保護者や先輩、近所の人たちの教え」に他ならない。

以前【ゲームをプレイする上での基本的ルール「ゲームリテラシー」を求める声】でも少し触れたが、ゲームやインターネット、携帯電話、そしてその周辺・関連サービスは、これまでの技術と比べて進化速度が非常にスピーディーであり、情報の流れに追いつけない人が多い(このあたりは当方のメルマガでも少し解説している。機会があれば別途記事として再構築しよう)。そして困ったことに、それらの「新しい情報メディア・サービス」について、正しい使い方・暗黙の了解・知っておくべきルールを教えてくれる学校や教習所の類は、ほとんど存在しない。使う際に学ばねばならないルールの多さ、そしてその重要性は自動車の運転と同じようなものであるにも関わらず、だ。

パソコン教室教育課程ではようやくパソコンやインターネットの使い方を学ぶ時間を設けるようになったが、すでに学校を卒業した大人には、その機会も無い(インターネットを教習所で訓練してからでないと使えない免許制にすれば話は別だが、そんなバカな話は聞いたことが無い)。

今後自治体や民間団体、そして社会のコミュニティ単位において、社会生活の上で欠かせないインターネット、携帯電話、そしてその周辺・関連サービス(ソーシャルメディアも当然含む)の使い方、注意事項など、知っている人なら「わざわざ教えなくても済む、と考えるくらいの”暗黙の了解”」をしっかりと啓蒙していく姿勢が切に求められる。そしてそれが叶うまでは、今回の千葉市の事例にもあるように明文化するなど「誰もがすぐに取得できる、理解できる方法」で、ネット上の「暗黙の了解」の明文化を積み重ねていくことが求められよう。創り手側からすれば、すでに知っていることに過ぎないとして、馬鹿馬鹿しさを覚えるかもしれない。しかしそれは多くの人にとって、とても大切なこと。なぜなら「自分が知ってるそのことを 相手が知っているとは限らない」のだから。

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