世界各国の「無資格にも関わらず年金や医療給付などを要求する行為」に対する拒絶感をグラフ化してみる(2010-2014年)(最新)

2014/11/17 11:22

世界規模で国単位の価値観を定点観測している【World Values Survey(世界価値観調査)】では、5年おきと比較的長い間隔ではあるものの、非常に多種多様な観点から各国の価値観の違いを把握できる調査が行われ、その結果が公開されている。今回はその中から、国内外を問わず問題視され、しばしば伝えられる事件・問題点の一つ、「無資格にも関わらず年金や医療給付などを要求する行為」に対する拒絶感の度合いなどについて確認をしていくことにする。

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「資格無く要求」は良くないとの認識多数、だが……


今調査「World Values Survey(世界価値観調査)」に関する概要、調査要項、信頼度の算出方法などは先行記事の【世界各国の「新聞・雑誌」や「テレビ」への信頼度をグラフ化してみる】を参考のこと。

次に示すのは「資格が無いのにも関わらず国の年金や医療給付などを要求する」に関する回答状況。10段階で「全く間違っている」から「全く正しい」までの区分が行われ、それに加えて「分からない」(さらには結果論として「無回答」)の項目が用意されている。そして以前の「脱税」関連の記事(【世界各国の「脱税」に対する拒絶感をグラフ化してみる】)同様に「全く間違っている」を1、「全く正しい」を10として数字に割り振り、各区分の回答率を掛けて足していき(分からない・無回答は調査対象母集団に無いものとして換算)、各国の「無資格要求に対する拒絶感」(DI値)を算出する。

つまりこの値が1なら「全員が”無資格要求はまったく間違っている”」と回答していることになる。数字が小さいほど「年金や医療給付などについて、義務を果たさず権利ばかり主張する行為」に対する反発心・拒絶感が強く、大きいほど寛容と表現できる。

↑ 無資格での公的年金や医療給付などの要求行為は良い事か(2010-2014年)(1(悪)-10(善))(平均値)
↑ 無資格での公的年金や医療給付などの要求行為は良い事か(2010-2014年)(1(悪)-10(善))(平均値)

前回記事の「脱税」同様に今項目でもメキシコ、香港、フィリピン、中国などが上位についており、地域・国家文化的なものとして、金銭的によく言えば大らか、表現を変えればルーズな観念があることが想起される。

特に香港では大きな値が出ているが、元値を見ると「10:完全に問題は無い」との回答が10.6%と1割を超えており、中央の回答値(5.5。全員が設問に対して中庸の回答をした場合の理論上の平均値)を超えた6以上の回答率で6割を突破してしまっている。「0:全く良くないこと」の認識は5.8%しかいない。ところが前回の2005年から2009年の調査結果では平均値が2.7程度に留まっており、「0:全く良くないこと」の回答率も5割近くに達している。この5年間に香港で大きな価値変化が起きたと考えるのが妥当だろう。

全般的には今回抽出した諸国に限れば、西洋諸国で低め、新興諸国で高めの値が出ている。文化的な価値観の違いが出ていると考えれば納得も行く。日本はといえば2.04で、「良くない」との判断が大勢を占めている。また、いわゆる移民問題でトラブルを抱えているオランダで、とりわけ低い値が出ているのは、それを起因とする無資格要求へのいきどおりが、このような結果を導いている可能性はある。

日本は特に厳しい「バスや電車の料金のごまかし」


無資格による公的サービスなどの要求行為と比べれば金額は小さく、またハードルも低い事案ではあるが、似たような状況として「公共交通機関の料金をごまかす」がある。いわゆる無賃乗車、料金支払い時における支払い手続きをしない上での改札突破などが良い例。こちらも大よそ同じ結果が出でいる。

↑ 公共交通機関の料金をごまかすのは良い事か(2010-2014年)(1(悪)-10(善))(平均値)
↑ 公共交通機関の料金をごまかすのは良い事か(2010-2014年)(1(悪)-10(善))(平均値)

寛容の度合いがもっとも大きいのはフィリピン。脱税関連の記事でも同国は上位常連で、お金に対する大らかさがうかがえる。上位陣は「無資格で」とさほど変わりないが、香港はやや低め。また経年による容認派の拡大も「無資格で」同様。

もっとも程度の違いはあれど、昔は比較的厳粛だったものが、近年に至るにごまかしを良しとする人が増える風潮は多くの国で見られる。世界全般的に民意の劣化が起きているのかもしれない。一方で日本は今項目ではもっとも数字が低い、つまり厳粛に「良くないこと」との認識が多数を占めている。交通システムそのものがきっちりと料金の支払いを求める仕組みとして構築されているのも一因だが、同時に国民性的な部分もあるのだろう。



日本国憲法には国民の義務として「教育・勤労・納税」を挙げている。「無資格での公的年金や医療給付などの要求」は、特殊事例を除けば「義務を果たさず権利を主張する」行為と受け止めることもできる。また規模は小さいものの、公共交通機関を利用してその料金を支払わないのもまた、同様の行為と考えられる(むしろ手順が逆で、権利の主張・施行をした後で義務を果たさないと見るべきか)。

このような要求が正しいことか否かは、それぞれがしっかりと認識し、はっきりと意思表示をするべきであろう。


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